パラグアイに行こう・ブログ

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スコットランド独立問題で俄かに英国が注目されています。イングランドとスコットランドが連合した王国となって以来、英国は世界に広大な領土を有し世界帝国として君臨して来ました。特に19世紀は黄金期でパックス・ブリタニコと呼ばれる全盛期でした。20世紀に入り米国等が台頭し世界大戦等を通じて国外領土の大半を失い現在では海外領土は遠隔地の島などを残すのみとなり、ほぼ元々の欧州北西部のブリテン島を有するだけとなっています。それでも過去の遺産は大きく世界からは大国と見なされています。産業革命以降、世界の工業の中心となり重厚長大産業を得意とし炭鉱、鉄鋼、造船等を中心に英国の一部としてスコットランドは繁栄して来たのですが産業構造の変化並びに英国政府の方針転換で主な産業が壊滅し、大英帝国の終焉で連合王国に留まる意義を失いかけているのかも知れません。多くの人が没落した大国の一部としてでは無く新生国家、新興国として自分達の力を試したい、新たな挑戦をしてみたいと考えているのでしょう。

外からは相当無謀に見えるのですが、当事者の住民は本気で大真面目に自分たちの将来を考えているのだと思います。以前からブリテン島に住んでいたケルト族を大陸からやって来たゲルマン系のアングロ・サクソン族等が支配をし、ケルト族はアイルランド島、ブリテン島の北部と西部に追いやられそれぞれ国家を作って出来上がったのが現在の英国という事であり、スコットランドも長い間イングランドと戦争を行い征服された歴史を有し、気持ちの底には被征服者という意識があり、イングランドに対して複雑な感情を有しているのだと思います。

かなり以前、2年ほど前からスコットランド独立の是非を問う住民投票はこの9月18日に実施すると設定されていたのだそうです。ただ、これは圧倒的な反対票で長年くすぶっていた一部の過激な独立シンパを封じ込める儀式だとして英国政府は考え世界的も余り注目しておらず、世界的なニュースとはなっていませんでした。独立した場合の困難さや経済的なダメージを考えますと正直余り現実的では無く、多くの良識ある人達は反対票を投じると見られ、軽くダブルスコアーで反対が上回ると考えられていたようで、つい一ケ月前くらいまでは余り大きな問題とは考えられていませんでした。ここに来て地道な草の根運動が功を奏し、急激に独立賛成派が勢いを増し各種世論調査でも拮抗して来ており、中には賛成が上回る可能性も出て来て英国政府も慌て出しています。投票直前となり多くの世論調査が出ていますが、賛成が多いもの、反対が多いもの両方あるようです。対象者がいずれも千人程度ですが調査対象をどのように抽出するのか非常に難しく恣意的に結果を出しているのかも知れません。

英国から離れるリスクは余りにも大きく不確定な要素が大きく債務分担や通貨の問題、資金の引き上げ等、経済的な損失も大きいので、常識的な見地から最終的には反対が上回ると想像しる人が多いように見えます。マスコミも同様でNHKの解説員も「万一賛成が上回れば」という表現を使っており、大方の予想は最終的には態度を保留している人の大多数が反対に回り英国に留まる事を選択するとみています。1995年に行われたカナダからのケベック独立の是非を問う住民投票では独立派勢いを増す中、終盤戦で世論調査では独立賛成が多数であったのですが、最終段階になり揺れ戻しの現象が生じ僅差で結果的には反対が上回りました。今回も特に現実的な女性の皆さん、そして年金に頼る熟年層が冷静になり損得勘定から例え心情的には独立を望んでいたとしても最終的には反対に投票するというケースが多くなるものと想像します。年配者の中には古き良き英国を捨てる事に抵抗を感じる人も多いのでしょう。

ただ、もし独立と決れば英国は新生スコットランドに対して余り強い制裁を加えると自国に大きな反動が起きるので現実的な対応をするしかないでしょう、賛成が上回るとしても僅差でしょうし、英国に留まりたいと願っている人も多いのは事実ですので余り追い込む事は出来ないでしょう。新生国家は多分対岸に位置するノルウェーをモデルに国造りを進めるのではないでしょうか、この国はEUに加盟せずに繁栄している、人口も同じくらいですので関係強化が一気に進むかも知れません。また同じくEU加盟国では無いアイスランドとも関係が深まり、EUに入れない場合には北海を取り囲む三ヶ国で北海諸国と呼ばれるようになり、一定の政治勢力となるかも知れません。欧州統合を最終ゴールとするEUとしては強く排除するのは得策では無く、取り込んで行く必要があると判断すれば加入に対して無理難題を突き付ける事は出来ないと思います。

通貨の問題もどうなるのか分かりません。現在スコットランドでは3つの銀行がスコットランド・ポンドを発行し、イングランド銀行が発行したポンドと混在して利用され、英国政府が価値を保証しスコットランドの外ではイングランド銀行が発行したポンドに交換が可能です。独立となりますとこの通貨を発行している現行はイングランド移転すると表明しており、スコットランドは新たに中央銀行を設立して通貨を発行する等の処置が必要になるでしょう、その時に通貨の価値、特に英国ポンドとの関係が予測出来ず、どのようになるのか全く分かりません。これも反対を主張する人達の理由の一つになっています。投資がイングランドに一斉に引き上げられて経済が不振になるという予測がありますが、新生スコットランドに対してはこれだけの先進国で新しい国家という例は今まで余り無かった事もあり、世界の多くの人が関心を持ち投資も行われる可能性もあると思います、湾岸諸国、インドなどかつて英国の植民地であった国々はスコットランドに連帯意識を持ち投資を行う等サポートに回るかも知れません。独立国となれば世界から注目され観光客が増え、飛行航路も各地から直行便が飛来するようになる事でしょう。

独立派が勝利した場合にはスコットランドよりもむしろ英国へのダメージは計り知れないと思います。自国民にノーを突きつけられた政府に対して今後は外国がまともには相手にしてないと思います、この事で英国の更なる凋落が起きるのではないでしょうか。世界の大国英国が解体となればその影響は世界に及び世界情勢が予測不可能な状況に陥る危険もあるように感じます。この場合には現在のキャメロン首相は大英帝国の終焉、英国崩壊の責任者として永遠に世界史に名を残す事になるでしょう。結果的には英国の盛衰がスコットランドの住人の判断に委ねられた格好になっていると感じます。英国としては何としても独立を阻止しなければならず、女王陛下まで担ぎ出して繋ぎ止めに必死になっています。独立運動を軽く見ていたツケが出たように思います。北アイルランドの対岸はスコットランド領ですのでイングランドとの交通は不便となり効率が悪くなり、残った国内をまとめて行くのも大変でしょう。

世界の世論としては独立反対のようです。英国が不安定になり将来が見えない事も大きいのですが欧州の国々それぞれの国の内部で抱えている独立の動きに拍車がかかることを恐れているように見えます。一番深刻なのはスペインのカタルーニャで人々は長い間独立したいと願っている訳で独立への動きは加速する事は間違いありません。ベルギーは既に実質的には統一国家としての体裁を為しておらずオランダ語地域の独立は既成事実の追認という事になるのでしょうが、もしこのフランデレン地域が独立となりますとこの地域の中に在るブリュッセルをどのように扱うのか問題になります。この都市だけはフランス語話者が8割を超えており、フランデレン地域の首都であっても除外されるでしょう。現在欧州内は国境無しで自由に往来を認めるシェンゲン協定がありますが、フランデレン地域が独立しますとEUに再加入しシェンゲン協定に加盟するまで除外される事になります、そうなりますとEU本部のあるブリュッセルから自由に他の国に行く事が出来なくなるという笑えない事態が出現する可能性があります。そのような独立の動きの中で最も深刻な問題はロシアに近い旧ソビエト連邦のバルト三国と見ています。特にラトビアには国境を接するロシア人が多く住む地域が広がっており、ロシア人が多数を占める地域がロシアへの帰属を住民投票で決議するという事態が想定されます。ラトビアの住人は230万人くらいですが、ソビエト連邦時代から住むロシア人はラトビア国籍を有しておらず、ロシアへの帰属を強く望んでいるようです。ウクライナはNATOの外ですが、ここはEU内部なので独立運動が高まるような事態となればEUとロシアの対立は決定的になる心配があります。

今回の事でスコットランドはかなり大きな利益を得たように感じます。世界にスコットランドは英国の一地方で無くイングランドと共に連合して英国を構成している事を改めて強くアピールする事に成功しました。反対票が上回り独立を為しえないとしても今回の事で国のあらゆる場所にスコットランドの民族意識が高まり、至る所にスコットランドの旗が翻るようになりました。英国政府から自治の拡大に関してかなりの譲歩を得る事に成功しました。今後はスコットランド議会の重みも一層増し国家の中の国家という感じになって行く事でしょう。英国を構成する他のウェールズ、北アイルランドでも同様に自治の拡大が進み、英国は4つの意思を持つ国家からなる文字通りの連合王国となるのでしょう。心配なのはイングランドの国民の不満が高まる事ではないしょうか。他の構成国はそれぞれ独自の議会を持ち、更に同時に英国国民でもありますのでイングランド国民と同じように同じ一人として英国議会にも発言権を持つ事になりますが、イングランド議会というものは存在しないのでイングランド国民だけが自治権を有しない事になります、全体の80パーセントを超える多数派なのだから我慢しなさいという事でしょうが、他の構成国の主張が今後先鋭化し我儘が限界に達し、納得出来ない人が増えて来るのではないでしょうか、この点は多少心配です。イングランド至上主義的な政党が力を増して政治状況が一層複雑になるかも知れません。今後は常に分裂の危機をはらみながらの政治運営となり、内部に不安を抱えては世界に国家としての威厳を今まで通り示すことは難しくなると思います。

日本ではこの国の事を幕末に英語を意味するポルトガル語のイングレーズから転じてイギリスと称していますが、イングランドと似てはいますが異なるのでイギリスを連合王国全体を指し示す言葉として使えるのは良かったと思います、英国という言い方も同様ですね。小さい時から当たり前のように見ていた国旗・ユニオンジャック、以前からこれは構成国の旗を重ね合わせたものである事は知識として知っていましたが良く出来たデザインの旗で忘れていました、万一スコットランドが独立するような事態になるとこの旗から青色が無くなり何ともみすぼらしい旗になってしまいます、やはりスコットランドは英国に留まる方が世界の安定、平和為には良いのかも知れません。ただ今回の有権者は16歳以上と若い層も投票に参加する事になっており、若い層の多くがまとまって賛成に投票する場合にはより拮抗した結果になるでしょう。女性そして高齢者、高所得層、企業経営者等は反対に票を投じる人が多いことでしょう、大きな変革を望まない「臆病のノー」という人も多いでしょう。個人的にはケベックと時と同じような結果、51:49くらいの僅差で反対が上回るとみています。有権者は400万人余り、態度を決めていない人も一割は居ると言います、いずれにしても数万票の差で決まると思います。数日で結果が出ますがスコットランドの人達が最終的にどのような判断を下すのか世界中の人が注目しています。

今後ですが残留の場合にはロンドンでは馬鹿なお祭りは終わったとして何事も無かったように振る舞う事でしょう。基本的には何も変化は無く、近い将来においての独立の可能性が無くなるので安定に向かうはずですが、スコットランドに対して将来にわたってリスクがあることを示してしまいましたのでイングランドの資本等は静かに引き上げて行く事でしょう。街にはスコットランドの旗が大量に残りそのまま掲げられるようになり、一層独自性を誇示する事になるのでしょう。イングランドに対するライバル心は一層大きくなり特に若年層では将来の独立に向けて動き出す人も出て来る事でしょう。国外では自分は英国人だとは言わずにスコットランド人であると言う人が多くなり国内の中の国のようになり、一体化は難しく常に独立問題を抱えながら進む事になるのだと思います。

賛成派が勝利した場合には世界でスコットランドブームが沸き起こり、独立に向けての動きが逐一報道される事でしょう。この場合、英国政府側は悪役ですので余り圧力をかける事は出来ず新政府との交渉はスコットランドペースになると想像します。先進国の新国家は今までに無い出来事であり、大ブリテン島という地理的な魅力もあり世界の新興マネーが流れ込んで来る事でしょう。独立のイベントを目当てに多くの観光客が訪問するようになり、今まではロンドン見物のおまけであったスコットランドは一躍世界で最もホットな観光地に変貌することでしょう。ハリーポッターランドのような観光地も出来、文化、ウィスキーと主に多くの人で賑わいホットな場所となる事でしょう。対照的に英国は没落した国家との烙印を押され、政治は責任問題から混乱しイングランドの人は自信喪失するような事態も想定されます、ウェールズ、北アイルランドも分離の方向に動き英国が解体の方向に向かってしまうと想像します。


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桟橋からの滝の景色は本当に綺麗で、どんな人も素敵な写真を撮る事が出来ます。しぶきを浴び、滝の落ちる水の轟音を聞きながらの滝の中の散歩は本当に素晴らしいものです。

下流側を見ますと滝が連なっているのが分かります。目の前で豪快に水が落ちて行きます。

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http://www.geocities.jp/yguazubrpy/index.html







高度成長、バブルの景気など日本経済は終戦後から1990年くらいまでオイルショックなど多少の経済後退期はありましたが、右肩上がりで成長し、米欧日の3極で世界経済が回っていた時代が長く続いていました。その後、経済が伸び悩み、それでもまた再度経済は成長すると考えていた人も居ましたが最近になり、財政の悪化し、現行の年金制度・医療福祉制度を維持するのも難しくなって来ている、少子高齢化が今後も少なくとも50年近くは進行し事態は悪化して行く、放射能の影響、電力不足、国際競争力の減退、食料・エネルギー不足への不安、新たな地震、火山の噴火への心配など多くの不安定要因を抱えて長期的な展望が見えない状況となっています。勿論個人レベルではしっかりと日本社会で伸びて行き将来に不安は無いと感じている方も居るでしょうが客観的に日本の置かれている現状を見ていますと将来に対して不安な想いを持っている方が次第に増えているのではないかと想像します。

このような状況の中、色々な形で日本を出て外国に住む人が増えているように見えます。外国で働く駐在員は減る傾向にありますが、全体としては外国に住む長期滞在者・永住者は増えているようで、日本からの派遣では無い、地元に根差した引っ越しが多くなっているものと推測します。引っ越しの内容は色々でしょう、大学等に留学の方、旅行を兼ねての長期滞在、外籠り、熟年の方のシルバー移住、そして働いて生活する本格的な引っ越し(移住)と様々でしょう。日本では「移住」という言葉に特別な意味があるように感じます。「思い切って日本を捨てて外国に骨を埋める」というような悲壮感が漂います。外国に住む、住む場所を日本国外に移す事を「移住」と捉えるのでは無く「引っ越し」と考えてみては如何でしょうか?「海外雄飛」などと言う時がありますが、日本での普通の市民が突然新しい土地で飛躍するというのは少々おかしな話で引っ越し先でも今までと同じような普通の市民となるだけだと思います。勿論引っ越した国で成功を収めて輝く方も居ますがそれは日本に居ても大きな成功を成し遂げる人も居る訳であり、何も「外国だから」では無いはずです。

さて、引っ越し先として日本の方に人気があるのがカナダ、米国、オーストラリア、ニュージーランド等の白人が主体の英語の国、そしてフィリピン、シンガポール、タイ、マレーシア、香港などの東南アジアでしょう。多くの方が希望する白人英語圏は永住査証、労働許可を取得に関しては特殊な技能、知識を有していないとなかなか難しく、人種的な偏見も根強いと思います。東南アジアは熟年シルバー移住の方には良いかも知れませんが人生これからという働く世代には外国人として生きなければならず日本人相手の商売をするなど仕事も限られてしまうのではないかと思います。若い方には余り向かないようにも見えます。このような国と比較して個人的には南米各国は比較的条件が揃っているので多くの人が希望するのでは無いかと思っていましたが、どうやらどの国も不人気のようです。多くの日本人が何故南米そしてパラグアイに目を向けないのか不思議に思い、機会ある毎に尋ねてますと「遠い」「情報が無い、あってもネガティブ情報ばかりで治安等に問題がある」「多くの移住者を出したが苦労ばかりであった」「貧困で日系人も多くの人が日本に出稼ぎに行っている」「言葉が出来ない」など否定的な意見が多くあるようで、どうやら多くの方にとってパラグアイなどは最初から引っ越し先の対象にはならないようです。

パラグアイは日本との永住協定が健在で条件さえ揃えば比較的簡単に永住査証を得る事が出来ます。労働許可は永住査証があれば不要で永住査証を取得さえ取得すれば一般のパラグアイ人と比較して不利益な事は全く無く、同じ土俵で生活する事が出来ます。その上、心強いのは日系人の存在で全国に約6千人の日本人永住者並びにその子孫が居ます。パラグアイにおける貢献度は大きく日本人である事で普通に生活をしていて差別を受ける事はまずありません。またほとんどの国民が欧州などからの移住者とその子孫なので、日本だからと言って特別な外国人と看做される事無く、社会の普通の構成メンバーと見てくれます。パラグアイは暮らし易い国である事は間違い無いと思います。最近になり、日本人の中にも引っ越し先としてパラグアイに注目する方で少しづつですが、出て来ているように見えます。下見に当地を訪問された方に話を伺うと「情報が無い」とのことを強調されます。また「想像していたのと全く異なる」という意見も多くありました。


パラグアイ引越し情報





以前はアスンシオン・セントロに日本人向けのカラオケ店が数軒あり、日本人・日系人が夜くつろぐ場所として賑わっていましたが「紅とんぼ」が閉店して以来、そのような場所はありませんでした。スーパーマーケット「グアラニ」を経営されている山本さんがスーパーの奥にカラオケとファーストフードの店を開店されました。現在は木・金・土の週末三日間だけの営業ですが、団体として要望があれば他の日でも店を開ける事は可能なのだそうです。

スーパーマーケット・グアラニの奥、道を挟んで反対側に建物があります。下はファーストフード「なおみ」、上はカラオケ「ゆき」となっています。建物の奥の方はスーパーマーケットの事務所・倉庫などに利用されているようです。敷地は大きく駐車場も大きくとってあります。

1階のファーストフードは昼時にはかなりの混雑となるそうです。外には日替わり定食(11:30~15:00)が7千グアラニという看板がありました。日本円に換算しますと約150円ですね。2階は広いカラオケになっています。現在日本で主流となっている個室方式では無く、伝統的な広いサロンがあるタイプです。バー仕立てになっており酒類も提供していますが、山本さんは「家族で楽しんで欲しい」との事で大人だけでは無く子供も気軽に来られるスペースにしたいそうです。


カラオケ「ゆき」・ファーストフード「なおみ」





イグアスの和太鼓のレベルは相当なものとは聞いていましたが確かに素人の域を超えている印象を受けました。日頃の練習の成果なのでしょう。太鼓を叩く際の重心の低さには驚きました。出し物もバラエティーがあり、獅子舞の他、虎舞、剣舞、傘踊りなど多彩で約二時間近い公演はすばらしいものでした。パラグアイでここまでの域に達しているというのは驚きですね。


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アスンシオンで行われた音楽会














31日木曜日に予定より多少遅れてコンサートが開催されました。場所はフェルナンド・デ・ラ・モラ市の市役所の隣にある会館で市長の決断で無料提供していただいたそうです。フランコ副大統領も家族、スタッフの皆さんと共に来場されました。フランコ副大統領は「日本は確かに遠い国ではあるが今までパラグアイに多大な援助をしてくれた、累計総額では全体の40%から50%にもなる」とパラグアイへの日本の貢献を強調されていました。

全部で20組以上が出演するというパラグアイ・フォルクロ-レ総出演という感じで、一組の持ち時間は10分ということのようでしたが、かなりオーバーするアーチストも居ました。パラグアイ音楽は勿論、マルティン・ポルティージョはアルパで「川の流れのように」そしてアメリカンタは日本語で「世界で一つだけの花」を歌っていました。主催された日下部由美さん、エンリケ・カレーラさん、松木ありささんは開催を決めて僅か10日でのチャリティーコンサートの開催、多くの困難があったと思いますがやり遂げられた事は素晴らしい事であると思います。なお、ここでの義捐金はイグアス移住地で作られた大豆を日本に持って行きそこで豆腐を作りそれを被災者に届けるという事のようです。日本から来られた皆さんは自分達でこの豆腐を被災者に届けたいとの事でした。
出演はアスンシオン市のバレー団と日本からの日下部由美さん・本間さん、そしてソンリサ(エンリケ・カレーラさんと松木ありささん)、石井さんでした。照明などの演出も良く来週の公演に向けて忙しい中皆さんすばらしい演奏を披露されました。

日下部さんと本間さん

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エンリケさん、ありささん、石井さん


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パラグアイに滞在している日本のアルパ奏者の日下部由美さんとエンリケ・カレーラ、松木ありさご夫妻が中心となりチャリティーコンサートが開催される事になりました。


日本の未曾有の大災害に、何かパラグアイで出来ることを、と考えておりましたが、友人に地元の音楽家が多いので、彼らに頼んでチャリティーコンサートを企画して、演奏をお願いすることにしました。同じくアスンシオンに滞在中の日本在住アルパ奏者のエンリケ・カレーラ、松木ありささんが協力を申し出てくださり三人でとにかく頑張ることになりました。あちこち場所を探し回っていましたが、彼らのおかげで、急なことにも関わらず、アスンシオン市の隣、フェルナンド・デ・ラ・モーラ市立劇場を無料で貸していただけることになりました。

日時は3月31日(木)19時から入場料は25000グアラニーを考えています。在パラグアイ日本大使館が義援金の口座をひらいてくれましたので、そちらに収益金の全額を寄付します。昨日三人で友人のアーティストに連絡をとりまくって今現在20組ほどの演奏家(アルパ奏者、歌のグループなど)と司会を無報酬で引き受けてくれる方々が集まりました。あとは当日の運営をお手伝いいただけるボランティアの方、(お金の管理が重要で大変です・・・)照明PAの業者(なるべく安く、できれば無料で)を探しています。

フェルナンド・デ・ラ・モーラ市の市長さんのお話だと1000人は収容できるそうです。高望みかもしれませんが満杯にしたいです。集客が一番の課題なので、是非とも皆さまのご協力をお願いいたします。一人でも多くの方にこちらのコンサートの告知をお願いできますか?またなにぶん外国の土地で不慣れなことぱかりですのでよいアイディアかあれば教えていただければ本当に助かります。
パラグアイの新しいユニフォームのお披露目

今年開催される予定の南米選手権(アメリカ・カップ)を前にパラグアイの新しいユニフォームのお披露目がユニフォームを作り販売しているアディーダスの主催により南米サッカー連盟(コンメボル)行われました。パラグアイは南米選手権で過去2回の優勝があります(1953・ペルー大会・1979年・ホーム&アウェー方式)がありますが、1979年優勝時のメンバーが招待されました。そしてクライマックスは新しいユニフォームの披露で3選手がユニフォームのシャツを着て登場しました。

デザインは当然ながら赤と白の縦のストライプで大きな変化は無く、正直現在のものと何が違うのか分かりませんでした。今年の南米選手権・アルゼンチン大会には日本が招待されていますが、東北関東大震災が起き、返上しようという声もあり、参加が微妙な状況となっているのは気掛かりです。

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http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/4729/sports-3.html

披露は南米サッカー連盟で行われました。

南米サッカー連盟



南米サッカー連盟

南米選手権1979年優勝メンバー


1979年南米選手権優勝メンバー

新しいユニフォーム

新しい代表ユニフォーム















昨年の4月20日に大統領選挙が行われ、劇的な政権交代が決まり、ルゴ氏が大統領に選出され、それから本日で丁度一年が経過しました。ルゴ大統領に関する記念すべき21日の朝のビックニュースは一年前の出来事を祝うのでは無く、もう一人隠し子が居たという話で、6歳になるその子の母親はルゴ大統領に父親であると認めるよう訴えを提出し、これが大きく取り上げられていました。22日のABCコロール紙朝刊には3人目の子供が居る事が報じられていました。この母親は特に子供の認知を求める事はしないとの事です。聖職者と言っても男性であり子供を作るのは普通と認容する意見もありますが、3人の女性との間で子供を為したという事は深い関係の恋中であった女性がいったい何人居たのか、と疑問いう疑問が出て来ます。ルゴの子供に関しては6人までは確認出来ている、サンペドロに6歳から10歳くらいになる子が居る、スペイン、エクアドルなど国外にも居るなど色々な噂が飛び交っています。

もう一つの話題は大統領の就任式の翌日、昨年の8月16日にヴェネズエラ・チャベス大統領との会談があり、その際にパラグアイ石油公団の運営をベネズエラに委ねる趣旨の合意文章に大統領として署名していると疑念を持たれている事です。エネルギーは国家の主権に関わる大事であり、これを他国に全面的に任せてしまう事に各方面から大きな批判、反発が出ています。国会の批准が無ければ効力を発しないという事ですが、国家とは何か、政治とは何か、大統領は何を為すべきかという基本が分かっていないのではないかと疑問を投げかけられ大統領としての資質が問われています。マスコミの追及に対してルゴ政権はこの条約の署名に対して肯定しておらず、むしろ隠すようにしていますが、新聞報道に拠れば上記の条約はヴェネズエラでは既に昨年10月24日に国会で批准され、政令として発布されているそうで、ヴェネズエラ側は「PDVSA Paraguay SA」という会社の設立準備を行い着々と進めています。計画には電気を含むエネルギー全体を統括するとされているそうです。

この一年間、ルゴ大統領は就任前から専ら外遊に多くの時間を割き腰を落ち着けて政策を練る時間が無かったように見えます。当選から一年間で外国に行った回数は27回に上り、地球5周分飛行機に乗った計算になるのだそうで、ABC紙がまとめた表があり、中にはウルグアイに行った目的を見ますとサッカーの観戦などというのもあります。専用機が欲しい等と発言し多くの国民から顰蹙をかい、マスコミから攻撃の格好の材料とされる場面もありました。さすがに相次ぐスキャンダルに追われており、28回目、この木曜日からワシントンに行く旅行の予定はキャンセルになったようです。それにしてもこれ程何の用があって出掛けるのでしょうね。これほど多くの時間を費やしていますが、当初目玉として挙げていた公約であるイタイプダムの問題ではブラジルからは全く無視されている状況で再交渉のテーブルに着く事さえ出来ていません。また、胡麻農家に対して支援を行う為に基金を創設して多額の公金を支出しようとしましたが、基金の母体が不透明な団体であり、資金を出すには不適切、そもそも何故特別に資金を出すのか問われて頓挫してしまいました。選挙で支持を取り付ける際に密約があったのではないか何らかの裏取引があるのではないかと疑われています。

当選した際には貧困層は富の再分配と雇用の確保を期待し、一般市民は社会の上から下まではびこっている不正を根絶し公正で安全な社会の実現を望んでいたはずで、その双方共が不満を募らせているのが実情のように見えます。一番の支持者である地方の貧困層、特に土地無し農民の人達は農地を与えてもらうなど目に見える形での成果を求めているように見えます。特に地盤である北部地方を中心に熱心な支持者はまだ程度の数は存在はしいるのでしょうが、「何かが変わる」と期待しており、何時まで彼らの歓心を繋ぎ止める事が出来るのか具体的な政策を示す必要が迫っているように思います。

盟友であったはずの与党内最大勢力の青党・フランコ副大統領は20日に開催された一年前の選挙勝利を祝う集会に檀上に呼ばれなかったと不満を漏らしており、同党のヘイセケ商工大臣を突然解任するなど、連立与党の中でも次第に溝が深まっているようです。大統領の政治的な求心力は急速に下がっています。「サンダル履きの清貧な聖職者」、私利私欲の無い人物というイメージで当選したルゴ大統領ですが、人の話特に自分と違った立場の人の話には余り耳を傾けず、旅行と女性が大好きである事が明白になり国民の見方に大きく変化が出ている事は間違いないようです。当選から一年が経過し、個人的なスキャンダル、エネルギー政策の根幹に関わる問題など難問が山積しており、与党内が一枚岩とは言えない中で野党勢力などから厳しく追及されるのは必至であり、窮地に立つ大統領、次第に追い込まれて行く事でしょう。国民大多数特に女性の反発は大きく、これからは国内のどこかに視察に訪れたとしても市民の目線は今までとは異なるものとなり、ずっと冷ややかなものとなるでしょう、セレモニーなどがあっても大統領を招待する事さえ躊躇するようになり、敬虔なカトリックである近隣諸国を訪問しても後ろ指をさされるものと想像します。この難局をどのように対応するのか、支持者そして国民にどのように説明をするのか、誤魔化さずに問題に対して真摯に受け止め正面から解決に乗り出すのか注目しています。



友人が幾つかの巷の「チステ」(ジョークもしくはエスプリに当たるもの)を紹介してくれました。

チステ-01
“チリリーーン”
“はいこちらブルヴィチャロガ(Mburuvicha Roga)パラグアイ大統領公邸で御座います。
ルーゴ大統領の息子さんなら1番を、娘さんなら2番を、大統領の子供を目下妊娠中なら3番を、これから大統領の子供を授かりたい方は4番をお回し下さい。
お電話有難うございました。”

チステ-02
「おい、ルーゴは尼さん達とも深い関係があったというぞ。子供も居るらしい」
「子供の認知をするのか?」
「したらルーゴも尼さんも楽園から追放だとさ。」

チステ-03
大統領府からのお知らせです。XX日XX時からXX広場にて関係ある女性全員を対象とする特別ミサが開催されますのでお集まり下さい。







パラグアイ首都アスンシオンと一番似ている都市はどこかと言いますとコリエンテス市である事は間違い無いでしょう。アスンシオン市はラプラタ流域の中心都市であった当時、「母なる都市」と呼ばれここを拠点に多くの都市が作られ、その中の一つがコリエンテスです。同時期に作られたことと、地形が非常に似ているので今でも似ているという訳です。同じ高度からの両都市を眺めますとはっきりと分かります。河が北から南に蛇行して流れ半島のようになっています。アスンシオンから植民を目的に開拓に行った人達は良く似ている地形を見つけて喜んだ事でしょう。道路の区画も幅も同じように作られたのだと思います。

その後、コリエンテス市はアルゼンチンの一地方都市となり、アスンシオン市はパラグアイの首都となりました。現在はコリエンテス市は人口30万人強、アスンシオン市は都市圏で二百万人に達する規模に成長していますが、セントロ・旧市街地に限れば大体同じ大さです。コリテンテスは要するにアスンシオンをもしアルゼンチンにしたらどのようになるのかという事を示しているように見えます。コリエンテスを訪問して感じたのは実に似ているという事で時々アスンシオンを歩いているのかと錯覚を起こす程です。コリエンテスの方が人口が少ない事もあってのんびりとした雰囲気があり、アルゼンチンのお洒落な雰囲気もあります。

一番の違い、コリエンテスを訪問した感じたのは河岸がしっかりと利用されているという事です。アスンシオンは河岸は不法住居の貧困層に占領されてしまっており、河岸を行く道路も無くほとんど利用されていないのに対してコリエンテスはしっかりと活用されています。河岸に沿って中央分離帯がある大きな道路があり、散策や河岸で遊べるようになっており、市民の憩いのスペースとなっています。道路の反対側にはレストランなどが多くあり魅力的な観光スポットとなっています。アスンシオンも河岸をしっかりと利用する事を考えるべきでしょう。もう一つ感心したのは歩行者専用の商店街がある事です。市民が歩いてショッピングや軽食喫茶を楽しめるようになっており、家族連れや若い人のグループで賑わっています。アスンシオンのセントロには歩いて散策して楽しむ場所はありませんのでこれを見ますとパルマ通りから自動車を完全に締め出し歩行者専用の道路にするべきであると思います。両都市を見る限りでは残念ながら計画的に住み良い都市にする知恵はアルゼンチンの方が勝っているように見えます。

コリエンテスとアスンシオンのもう一つの違いはコリエンテスでは対岸まで橋があり、アスンシオンには無い事です。アスンシオンの場合には反対側に行く為にはセントロから20キロも離れた橋を利用するしかありませんが、コリエンテスの場合には市街地の中心から直ぐに反対側に行く事が可能です。アスンシオンの場合には川幅がコリエンテスの半分しか無いにも関わらず橋がありません。これは国防上の問題からなのでしょう。アスンシオンセントロの反対側の南半分はアルゼンチン領となっています。要するにセントロからアルゼンチンに国境を跨ぐ橋を架ける事は左程難しい事ではありません。現在はアルゼンチンに行くには対岸にあるセントロから直線距離で2,3キロの国境まで行くのに50キロ程迂回して行かなくてはなりません、そして入国には煩雑な手続きが必要でアルゼンチンに簡単には行く事が出来ません。もし国境の橋が出来てしまいますと大統領府から自動車で10分でアルゼンチンに行く事が可能となってしまい問題になってしまうので敢えて架橋しないのでしょう。もしメルコスールが進展してEUのように往来がノーチェックになりここに橋が架けられますと双方が眠りから醒めたように活気が出て来る事は間違いないでしょう。特にアルゼンチン側にはほとんど何もありませんので急速に変化する事は間違い無いと思いますし、そのような未来は確実にやって来る事でしょう。そのような時代になった時にはアスンシオンは再び南米の中心として輝くのではないかと期待しています。


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コリエンテス









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アスンシオン
















コリエンテス市の詳しい様子は下記のページをご覧下さい。

コリエンテス市





ある方に「パラグアイで観光はどうですか?」と尋ねられた事があります。個人的には観光産業はこれからは大いに有望だと思っています。ガイドブック等で「パラグアイは何も無いのでのんびり過ごしましょう」とありますが、それもひとつですが、本当に何も無いのでしょうか?これも製品と同じようにニッチ市場を目指せば可能性は大きいと思います。

外国人観光客と言いましても大別して二つに分けられるでしょう。一つはアルゼンチン、チリ、ブラジル等近隣諸国からの観光客そして欧米、日本・韓国等の北半球先進国からの観光客です。数年前までは近隣諸国からの観光客はかなり多く、長期休暇の時期には大型バスで多くの人がやって来ていました。近隣諸国からですと身分証明書だけでパスポートは不要で、気軽に旅行する事が可能であり言葉も同じで国内旅行の延長気分で旅行していると思われます。そしてその際の主な目的は買物でした。ブラジルからは大型バスが何台も連なってエステ市に入っていました。ブラジル国内と比較し魅力的な商品がずっと安く手に入るというので人気がありました。時代は変わり現在は経済のグローバル化が進行してブラジルにも世界から最新の製品が流入しており、商品の価格、品質の差は次第に少なくなり、専門の担ぎ屋さんを別として一般の観光客が買物を目的にパラグアイに来るケースは激減してしまいました。この為にエステ市は街の存続も危ぶまれる状況に追い込まれてしまいました。

先進国からの観光客は個人を別としますと、欧米からのエコツアー等が来るくらいです。具体的には英国・フランス等からチャコ地方のまだ手付かずにそのまま残っている自然を見に来るというものです。コンセプシオン等に数泊して雄大な自然を堪能するというものです。パラグアイ河の上流ボリビアとブラジルの国境付近はパンタナルの一部になっており、交通の便は余り無く行くのは大変でしょうが、そこまで辿り着けば大陸の雄大な自然があるのでしょう。ただ大陸の中央に在るパラグアイ、隣国アルゼンチン、ブラジルにも同じような景色がもっと大きく存在しており、ボリビア・ペルーにはアンデスの美しい山が在り、近隣諸国に対しては比較優位にはなりえません。最近はブラジルからドラード等を目的に釣り客が増えていますが、これも資源に限界があり、これ以上の大きな展開にはなり得ないと思っています。

いわゆる観光地として世界の人に見ていただけるものはかなり限られているのは事実です。ミッションとして有名なイエズス会の町の廃墟がトリニダー等数箇所あり、これは世界遺産にも指定されており、一見の価値はあると思います。しかしながらこれもパラグアイだけというわけでは無く、ブラジル、アルゼンチンの広い範囲に遺跡が残っています。その他に見て興味をひく場所というはほとんどありません。このような理由で余り観光には適していないとして日本からのツアーも無いのが実情です。

それでは何を見に来てもらえるかと言いますと、個人的にはパラグアイそのものだと思っています。レトロで牧歌的、他のラテン諸国とはまた違った雰囲気を味わってもらうのが良いと思っています。エコツアーを始め既成のパターンではどこも比較競争力が乏しくパラグアイに勝てる見込みは無いと思います、それであれば「パラグアイ」らしさを前面に出して行くことで活路を見出すのが上策だと思います。アスンシオン市は買物以外の観光で訪問する人は非常に少なく市内観光バスなどというものもありません。しかし街をあるくだけで初めて来たけれど懐かしいという雰囲気があります。またそこで生活している人を眺めるだけで楽しいものがあります。中内渚さんが街の様子を描いていますが、このような視点で街を歩くのは楽しいと思います。またアスンシオン近郊一日体験ツアーというのはどうでしょうか?アスンシオンでアルパ製作の工房を見学、ルケで金細工を見、アレグアで陶器、サンベルナルディーノで昼食を食べ、カアクペでパラグアイの信仰の中心である寺院を見物しその門前町の土産店を覗き、ピリベブイを経由してイタグアでニャンドゥティの店に立ち寄りアスンシオンに戻るというものです。途中でイタで日本の城を見物するのも良いでしょう。

アスンシオン以外では南部のイタプア県、日本、ドイツ、ウクライナ等の移住者がモザイクのように住んでいるイタプアなども訪問するだけで面白いと思います。ドイツ系のホテルで欧州を味わい、自動車で10分で日本の農協へ、そこからロシア正教の教会を訪問する・・このような事を作られたテーマパークでは無く本物が体験出来るというのは魅力だと思います。

そして北部パラグアイには雄大な景観とレトロな世界が広がっています。道路事情も悪く、バス等の公共交通も十分ではないので、旅行するのには苦労されるでしょうが、それだけの価値はあると思っています。北部を一周している時に頭に浮かぶのは「ここはどこ?今は何時?」という事です。世界の色々な場所を旅行していますが、北部を旅行しますと少なからずカルチャー・ショックを感じます。

アマンバイ県は奇岩が並び、そして3国戦争最後の激戦地となり、マリスカル・ロペスが戦死したセロ・コラ国立公園があります。ペドロ・ファン・カバジェロはブラジル側のポンタ・ポラ市と一体になっており、中心の通りが国境という非常に特殊な街です。国境に慣れていない日本人には奇異な感じがあります。コンセプシオン県は北部パラグアイの中心都市であるコンセプシオン市があります。ここでは牛馬がまだまだ中心であり、舗装道路もほとんど無く、渾然とした市場を見ていますと時間が経つのを忘れてしまいます。またサン・ペドロ県は実に多様性に富んだ県です。国内の人の中ですら「貧しくて何も無い場所」と思っている人が多いようですが、昔ながらの生活をしている地元の人、そしてドイツ系の人達はドイツ語ともオランダ語とも異なる「フリースランド語」なる言語を使って生活しています。宗教上の理由で自動車・テレビ等の機械を拒み、100年前のような生活をしている方達も居ます。このような場所に実際に足を踏み入れますと「本当にこれは現代なのか?そして南米なのか?」と頭が混乱してしまいます。

そして日系に関しては移住地の活用があると思います。ブラジルのホテルでは長期滞在者の為に日帰りツアーを用意しているケースがよくあります。イグアスの滝見物にフォス市(ブラジル)を訪問した観光客を相手にミニ日本体験ツアーというのは如何でしょうか?一日日帰りイグアス移住地観光というもので、イグアス移住地の日本らしさを見物してもらい、レストランで和牛のすき焼きを食べるというようなものです。特に新たな準備をしなくても今のままで十分に日本的ですので、ありのままを見物してもらうという嗜好です。

ただ前提条件としてインフラ整備が必要であると思いますが、それ以前の問題として空港で外国から訪問した人が気持ち良く出来るようにする事が肝要であると思います。税関はたかりの精神を捨て、ハイエナのように群がる荷物運びの連中を排除する事が必要でしょう。初めての国を訪問する時に誰もが不安を抱えるものです。観光局の職員が到着客の案内・世話をするぐらいの姿勢があれば良いでしょう。飛行機が到着してホテルに着くまで快適であればそれだけで国の印象が良くなり、リピターも増えるでしょう。一つのアイデアとして空港に馬車を並べホテルまでタクシーとして利用してもらうというのはどうでしょうか?時間は多分1時間以上はかかるでしょうが、タクシーと同じ料金であれば観光客は喜んで利用すると思います。ちょっとした工夫、アイデアを積み重ねれば魅力溢れる観光地に変身すると思います。

そして法律の整備も大切でしょう。例えば現在日本からですと90日間の観光は査証が要りませんが、留学や長期滞在の査証に関する法令の整備が不十分であると思います。一年そして4~5年の滞在査証を発行すれば長期滞在者やスペイン語等を勉強に来る方にもっと来ていただけるように思います。アルバイトが出来る、就労が可能な短期査証というようなシステムがあれば若者を惹きつける事が出来るのかも知れません。コスタリカのシルバー向けの政策などが参考になると思いますが如何でしょうか?

2008年日系ジャーナル新年号に掲載されました在パラグアイ日本商工会議所・会頭挨拶を転記します。





新年あけましておめでとうございます。皆様にはご健勝で晴れやかな気持ちで新しい年を迎えられましたことと、お慶び申し上げます。

さて、新たな年を迎えるにあたり、最近の会議所の動きを振り返り、今後の活動に関して簡単に述べて参りたいと思います。

2005年、2006年は会議所にとりまして大きな行事がまさに目白押しの状況でした。2005年5月に創立30周年記念式典を挙行し、同年10月には会議所メンバー約十名が大統領訪日に公式随行し「パラグアイ・ビジネスセミナー」を開催、2006年にはジェトロと当地の「パラグアイ国・商工省輸出振興局」(プロ・パラグアイ)等の共催で「ボリビア・パラグアイ・ウルグアイ三カ国展示会」が開催され、会議所自身も一出展者として参加、併せて「ビジネス・セミナー」の第二弾を実施、翌週には「横浜・ワールドビジネスサポートセンター」において「パラグアイ産品展示商談会」が開催され、これに出展し併せてビジネス・セミナーを主催いたしました。また、アスンシオンにて11月2日に移住70周年を記念して行われました秋篠宮殿下奉迎式典では副委員長を務めさせていただき、会議所は物産展示を担当いたしました。

昨年、2007年は年間を通じて特に大きな行事は無く、久しぶりに「通常の年」として腰を据えて活動を行って参りました。月に一度の月例定例会においては各分野の専門家に講師として来ていただき、パラグアイの経済活動に対して色々な側面から学ぶ事が出来ました。幾つか例を挙げますと4月にはコパコ社・PARAWAY NETインターネット部門部長-アルフレード・モレイラ技師にパラグアイのインターネットの現状と将来に関してお話をいただきました。世界的には高速通信が安価で利用出来る状況となっており、インターネットのインフラ整備の遅れ当地への投資に対する阻害要因になっている事は当事者としてもよく認識され、より高速で廉価なサービスを提供出来る様努力されている事がよく理解出来、他の国と比較して多少時間はかかるにしても確実にサービスが向上するものと確信し、安心しました。

また5月には米州開発銀行のプロジェクトで当地に滞在されていました関田宏一氏(中央開発株式会社)に「アスンシオン大都市圏の地下水について」説明していただきました。我々が住んでいるアスンシオン大都市圏で利用しているパティーノ帯水層の水は海に浮かぶ小さな船のようなものでそれを利用してアスンシオンの人達は生活をしている。現在でも収支を取ると地下水として流入する量よりも使用している量が多いので、このまま放置していると近い将来、枯渇、塩水化する恐れが強い、また生活廃水そして医療廃棄物などの有害物質が地下に浸透し地下水の劣化が懸念されるとの事でした。上下水道が充分整備されていない、廃棄物排水の処理が適切に為されていない事が懸念材料であり、今後のアスンシオン大都市圏では大きな問題になって来る事がよく理解出来ました。

また、10月には商工省通商局長ブルーノ・ウグ・デ・ベルモン氏に「パラグアイと日本の通商」についてお話をいただきました。両国の貿易統計そしてメルコスールと日本との貿易統計を独自に解析され、将来的に日本向けに輸出が増える可能性のある産品を指摘していただきました。パラグアイ政府の直接の担当者からの話であり非常に参考となりました。これらの毎月の講演議事録につきましては要旨を弊会議所のウェッブサイトに掲載しておりますので、関心のある方はご覧いただきましたら幸いです。

本年のもう一つの大きな活動して挙げられるのがパラグアイ日系社会の将来について具体的に方策を練り上げて行く事です。2月と8月の2回、日本大学国際関係学部国際文化学科・福井千鶴准教授並びにコンサルタント会社を経営されている前川昌道氏に講演を行っていただきました。お二人は長年ボリビア、コロンビアの日系社会を対象に分析研究をされており、福井先生には「南米日系人専門家養成と現地企業活性化プログラム」、前川さんにはボリビア・サンタクルス州の移住地の聞き取り分析をまとめた「移住地の発展と課題について」に関して講演を行っていただきました。従来の単純な出稼ぎから一歩進め、出来ればIT、通信の分野等今後更に伸びていく分野における専門家となる訓練を日本で働きながら行い、日本から帰国した後、起業出来るようにするべきであるというがその趣旨でパラグアイにおいても実施出来るのか今後の検討課題であると考えております。また、9月には福井先生はゼミで学んでいる日大の学生11名を引率され研修旅行に当地を訪問されました。会議所が受け入れ窓口となり、イグアス移住地、セントロ日系、日系福祉センターの皆様にご協力をいただき、それぞれの場所で若者同士の交流懇談会を開催し意見交換を行いました。日本で普通に生活する若者と当地日系の若者は双方大きな刺激を受けたようで、このような活動を今後も続けて参りたいと考えております。

米国での金融不安からドルへの信頼が揺るぎ、その影響で昨年の後半かつて無い程当地通貨グアラニの対ドル相場が上昇しました。石油が高騰しバイオエネルギーの需要増加で穀物相場が高留まりになっています、また、ブラジルでは大油田が発見され注目されています。これからも今までの常識を覆すこのような予想を超える経済事象が出て来る事でしょう。会議所では出来るだけ広範囲に情報を収集し時代の変化を読み取る努力を続け、また新たな課題に取り組み挑戦を行って参りたいと考えております。なお、ハマナスセンター内に会議所事務局があり、毎日平日の午後(13:30~18:30)桑折久太郎(こおりきゅうたろう)事務局長、井上はな事務局員の2名が勤務しておりますので、相談、問い合わせ等ございましたらお気軽にお訪ね下さい。

本年も引き続き、会議所の活動に対して広く皆様のご理解とご協力、ご支援を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

最後に本年が皆様にとりましてご健康で実り多い良い年になりますことを祈念し、新年のご挨拶とさせていただきます。






ある隣国出身の日系の友人と話をしておりましたところ、「ラテンアメリカの中でもパラグアイは特に男性社会だ」と言うのです。どういうことなのか訊いてみますと「まず未婚の母が多い、男が強いから"孕ませて逃げる"等と言う身勝手な行動が取れ、未婚の母が増えるのさ」という説明です。確かにパラグアイは未婚の母が多く、またそのような人を全く特別視しない風潮があります。そして「エレベーターに乗る時、チリでもブラジルでも近隣諸国であれば、女性を先に乗せるし、下ろすでしょう、パラグアイは全くそのような事は無い」と言うのです。確かにブラジル等では「レディー・ファースト」が徹底しており、女性よりも先に乗ろうものならおばちゃんに睨まれるのは間違いないでしょう。このようなマナーが出来ていないのは南米の田舎者のせいなのかも知れませんが、しかしもしかしたらそれだけでは無いのかも知れません。

アスンシオンで街角にあるお店などを覗いてみますと女性が働いて男性はテレレを飲んでいてサボっているという光景もよく目にします。どうやら女性が働いていて男性はのんびりとしていることには余り抵抗感は無いようです。勉強の面でもどうも同じような傾向があるようで学生、高校生などを見ていましてもさぼって余り勉強しない男性を尻目に頑張る女性が多いように見えます。日系社会も例外ではないようで女性の進学率の方が高いように見えます。これは歴史の影響もあるのかも知れません。130年ほど前の3国戦争で壊滅的な打撃を受け、男性の数が極端に少なくなり、数十年にわたり男性は希少価値である時代が続き、その影響が未だに残っているのかも知れません。一度染み付いた習慣というのはなかなか取れないのでしょう。

その割には他の国のような「殿方の遊び場」というような場所がありません。日本ですと例えば「新宿歌舞伎町」は一大歓楽街、当方などはこの街を歩いていますと、紫やピンクの妖しい光につい惑わされてしまいそうになります。ブラジルの中心都市、リオ、サンパウロにも内容は異なりますが、同じような商売をしているお店が大きな顔で営業をしており、歓楽街を形成しています。これに対してアスンシオンではそのようなお店はまず目にしません。一部に目立つ事無く存在しているのでしょうが、少なくとも歓楽街のような場所は全くありません。外出する場所としては家族もしくはカップルで食事を楽しむような場所で殿方だけでニヤニヤと・・というような光景は全く目にしません。これは本当のところは頑張っている女性が強いからなのかも知れないと思っています。表立って男どもだけで楽しみに行く様な雰囲気ではないのでしょう。



五万グアラニ札が偽札が出回りデザインを一新しました。今回は多色刷りとなり、また初めて肖像に文化人を起用しました。今までの五万札は十万と似ており、間違える事もありましたが、これではっきりと違いが分かります。

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4月20日に行われる大統領選挙まで残すところ、残り1ヵ月となりました。与党内の大統領候補の予備選では不透明な面があり、与党・赤党が一丸となっているとは言い難い状況にあり、予断を許さない形勢になっています。有力4候補の内、ファドゥル候補は余り人気が無く脱落という感じで、残る3候補の熾烈な争いとなっています。

有力紙の世論調査を並べてみますと各紙ともルーゴ候補の優勢を伝えています。追うオビエド候補、与党・ブランカ候補はほぼ横一線という情勢です。

2月末~3月上旬に行われた各紙世論調査

- ウルティマオーラ ABC  ナシオン ICA
- - - - -
ルーゴ 37.90% 39.00% 34.80% 31.90%
オビエド 29.70% 21.50% 23.00% 24.90%
ブランカ 29.60% 21.10% 28.90% 27.50%
- - - - -
合計 97.20% 81.60% 86.70% 84.40%


なお、前回の選挙で当選した現ニカノル・ドゥアルテ大統領の得票は37.1%です。

ここ数回の大統領選挙を見ていますと与党赤党は組織力を生かし、作戦としては他に有力な候補を二人立てさせて(青党系・独立系)それを上手に操り、最終的には40%、30%、30%の得票として勝利を得るというのが基本戦略のように見えます。今回もオビエド、ルーゴ候補を出して4:3:3にする作戦と見ています。ただここに来て世論調査の結果からみますと40%に迫っているのはルーゴ候補になっています。与党選挙対策関係者の思惑としてはこの時点くらいにはブランカ候補がこのくらいの割合を取り取り逃げ切る作戦であったのが誤算が出ています。

ここまでの今回の選挙の特徴を記しますと、
(1)別に候補を立てると見られていた青党が独立系のルーゴ候補と結んだ
(2)与党候補も毎回前政権との違いを出し「改革」を唱えて成功して来たが、今回はニカノル・ドゥアルテ政権の継続を全面に打ち出し、ニカノル・ドゥアルテ院政の印象がある
(3)本来赤党の地盤である保守的な農村部をルーゴ、オビエドが支持を伸ばしている
(4)毎回出て来る知的で企業家の有力候補が居ないのでインテリ層・企業家層が不動化している。前回この層から支持を受けたファドゥル候補は今回は数パーセントの支持率に留まっている。

残り1ヵ月でどのように情勢が変化するのか、赤党が組織力を生かしあらゆる手段を講じて勝ちに行くのか、再度の合従連衡が起きるのか、注目です。半世紀以上与党赤党が政権を握り、それなりに安定して来たパラグアイ、もし与党が負けて政権後退が起きると何がどうなるのか全く想像出来ないというのが本音です。

これから一ヶ月でどのように支持率が変化するのか、多くの人が誰に投票するのか決めかねている状況であり、まだ誰が本当に勝利するのか分からい情勢です。赤党内では優勢に選挙戦を進めていないとの認識から危機感があり、指名争いを激しく争ったカスティグリオーニ氏がオベラル支持に廻るのかがポイントです。実際には変化を求めない保守的な人も多いのが実情であり、候補者が誰であれ赤党候補に投票する人も多いと思われます。ただ与党赤党が勝利した場合においても僅差の勝利となり、過半数獲得は難しいでしょう。党内は分裂したままであり、オベラル女史の求心力は未知数であり、また選挙に際して多くの約束、空手形を発行すると思われるのでポストなどの分配に手間取る事があると思います。政治的に指導力を発揮して国民の期待に直ぐに対応出来ない場合には難しい政治局面となる可能性もありえます。


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パラグアイのサバイバル・ゲーム―“南米のへそ”世界一親日国の秘話
船越 博 著

(ISBN-10: 4789300552 ISBN-13: 978-4789300551 )
出版社名 : 創土社 (2007/12)  187P 

1989年に起きたクーデターに関して大使館参事官として勤務していた著者がその経緯を詳細に記録したもの。刻々と変化する情勢を臨場感溢れる描写をしている。

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