パラグアイに行こう・ブログ

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パラグアイとアルゼンチンの国境は基本的にはピルコマヨ川ですが、河口付近では真っ直ぐな本流では無く旧河川が国境となっており、蛇行した国境線となっています。現在は小川となっているこの川を挟みパラグアイ側はナナワという人口5千程の町になっており、クロリンダにくっついているように存在しています。

ここには敢えて自動車が通行出来る橋を架けずに歩行者のみが通行出来る橋を架けているだけで自動車で行く場合には大きく迂回して行く必要があります。クロリンダ市のセントロからアスンシオン市の大統領府までは僅か7キロですがアスンシオン市から自動車で行く場合には大きく迂回して50キロ近くを走行しなけば行けないようになっています。自動車で越境する場合にはアルゼンチンの国境検査は厳しく時間がかかり、実際にアスンシオン市からクロリンダ市まで自動車で行く場合には2時間近くかかります。将来アルゼンチンとパラグアイの往来に関して自由度が増し、橋でも架かりますとクロリンダはアスンシオンの都市圏として大発展を遂げる可能性を秘めています。

写真は手前がアルゼンチン側、小川の向こうはパラグアイ側

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クロリンダ市(フォルモサ州)




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世界各地にある「ワールド・トレード・センター」をアスンシオンに建設する計画が具体化し、プロジェクトの紹介がアスンシオン市内でルゴ大統領、フランコ副大統領、サマニエゴアスンシオン市長などが出席して開催されました。

計画は大手ディベロッパーである「ゴンサレス・アコスタ社」が中心となりショッピング・デル・ソルの向かいの土地に4棟のオフィスビルを建設するというもので各棟20階建てとし、千台の駐車場スペースを用意するというものです。投資額は5千万ドル、ビルで働く人の数は2千人と予想されています。


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4年目となりすっかり恒例行事という印象の高知県人会館の「よさこいバザー」、都道府県単位では北海道の「どさんこバザー」と共にアスンシオン日系社会の中ですっかり定着した印象があります。定番の焼きそば、ヤキトリ、うどん、巻き寿司、春巻き、餃子、たこやき等の他にサンマ焼きなどもあります。天気にも恵まれ多くの人で賑わっていました。


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会館
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「パラグアイを知るための50章」(明石書店:2011年1月15日初版)の中の35章、48章、49章、50章の4章を担当
35章:パラグアイにおける日系社会(3)現状と展望
48章:歴史的な政権交代(2008年大統領選挙を振り返って)
49章:未来の穀物供給国(継続的な食料供給が可能なパラグアイ)
50章:パラグアイと経済援助(最大の援助国は日本)

この本はパラグアイの一般的な紹介、50章の中の4章を担当しました。この本は歴史に関する章が多い中、当方の担当は主に現代そして未来に繋がる章です。



http://www.geocities.jp/paraguaysaga/masukomi-001.html
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31日木曜日に予定より多少遅れてコンサートが開催されました。場所はフェルナンド・デ・ラ・モラ市の市役所の隣にある会館で市長の決断で無料提供していただいたそうです。フランコ副大統領も家族、スタッフの皆さんと共に来場されました。フランコ副大統領は「日本は確かに遠い国ではあるが今までパラグアイに多大な援助をしてくれた、累計総額では全体の40%から50%にもなる」とパラグアイへの日本の貢献を強調されていました。

全部で20組以上が出演するというパラグアイ・フォルクロ-レ総出演という感じで、一組の持ち時間は10分ということのようでしたが、かなりオーバーするアーチストも居ました。パラグアイ音楽は勿論、マルティン・ポルティージョはアルパで「川の流れのように」そしてアメリカンタは日本語で「世界で一つだけの花」を歌っていました。主催された日下部由美さん、エンリケ・カレーラさん、松木ありささんは開催を決めて僅か10日でのチャリティーコンサートの開催、多くの困難があったと思いますがやり遂げられた事は素晴らしい事であると思います。なお、ここでの義捐金はイグアス移住地で作られた大豆を日本に持って行きそこで豆腐を作りそれを被災者に届けるという事のようです。日本から来られた皆さんは自分達でこの豆腐を被災者に届けたいとの事でした。
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