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ルゴ大統領の弾劾成立によって大統領職を辞任し副大統領であった青党・フェデリコ・フランコ氏が大統領に就任しました。午後7時に宣誓を行い正式に大統領となりました。チャコ地方の開発がパラグアイ発展の鍵となるとチャコ開発の重要性を強調していました。前回の大統領選挙では青党の候補であったのですが、60年間以上続いた赤党の政権に勝つため敢えて聖職者としてクリーンなイメージのルゴを大統領候補にし、自身は副大統領候補となりました。選挙に勝利し4年間、副大統領であったのですが、ルゴは非常に専制的で余り目立つ存在では無く、今年行われる大統領選挙の青党候補の予備選では惨敗しほとんど存在感を示せなくなっていました。今回の政変で久しぶりに多分70年ぶりの青党政権となります。また、非常に親日家でもあります。最初にやらなければならない仕事は近隣諸国との関係で、今回の政変をクーデターと看做している事に対して説明して理解を求める事が必要となります。特に反米左翼的な政権であるボリビア・エバ・モラレス、ヴェネズエラ・ウーゴチャベスを説得するのは大変だと思います。「議会によるクーデター」と非難しています。また青党内で現在は党首でも次期大統領候補でも無いフランコ氏が大統領に就任した事で青党内の立場がどのようになるのかも注目です。

空席となった副大統領に関してはパラグアイの法律で大統領任期5年の内、最初の3年間に空席となった場合には選挙によって選ぶ、残りの2年の時には上下院議員の中から選ぶという規定があるそうで、議員の中から副大統領が選任される事になります。

今回の騒動の根底には一般市民特に大小を問わず農場主、牧場主、起業家等実際にパラグアイ社会を支えている人のルゴ大統領への不満、不信があったのでしょう。政権発足の際にはクリーンなイメージで登場し赤党の賄賂にまみれた不正だらけ、私利私欲に走る政治に対してこれを刷新して欲しいと国民が強く願い、私利私欲の無い聖職者として登場したルゴに託したのでしょう。実際に大統領に就任してみますと、政治未経験なので当然なのですが、就任直後から一般的な常識、特に一番肝心な国家とは何か、国家元首というのは何をしなければならないのか全く理解していない事を露呈してしまいました。国民の生命と財産を守る事が一番の責務である事を理解していなかったようです。政治経験が全くないので外交、経済に関して素人であり、実際には政治の采配を振るうことは出来ない事が直ぐに分かりました。周囲の人はとにかく祭り上げて好きなだけ外国に旅行させ、大事な決定をさせないようにしていたようにさえ見えます。この3年半で75回外国に出掛けたそうです。一番の支持基盤は貧困地帯の貧困層であったので上に国全体の立場から政治を行う感覚が不足していたようにも見えます。ただ確かに今まではほとんど目を向けられなかった貧困層に対して老人に生活助成金を渡す等目を向け改善に向けて着手したのは事実であり、その点は評価されても良いでしょう。

サンペドロ県で聖職者をしていた時代にはその職務にはあってはならない事ですが教会の掃除婦等その辺の女性と手当たり次第に関係を持ち分かっているだけでも数名の子供を有しています、お母さんは全部別です。これでは道徳的も不合格と多くの国民は思っていた事でしょう、普通の国家であればこれだけでモラルの点で国家元首を辞任するでしょう。豪華な自動車を買い、専用の飛行機を買いと自分の為に多くの金を使い、批判を受けていました。一番の問題は治安の事でルゴ政権の間、土地無し農民は大統領の支援があると考え、次第に行動が大胆になって来ました。左翼ゲリラ組織とも繋がりを得たようで武装し反社会的になって来ました。裁判所の決定を伝え、話し合いに来た丸腰の警官の代表を取り囲んで殺害するという暴挙に対してあたかもこれらの無頼漢の犯罪者を擁護するような態度を見せた事により本当にパラグアイを支えている中上級層の人からレッドカードを出され、それぞれが知り合いの議員に働き掛け超党派で静かにルゴ排除を準備し一気に実行に移したのでしょう。かなり以前から連立を組む青党は邪魔な大統領を排斥するチャンスを探していたように見えますが、赤党はみすみす青党に政権が移る事を良しとせず弾劾にまでは至らない状況が長く続いていました。警官殺害を見て大牧場主等赤党を支えている人もルゴでは治安はますます悪くなる考え、見切りをつけたのでしょう。

ルゴはこれに対して盟友のエクアドル・コレア大統領、ヴェネズエラ・チャベス大統領、ボリビア・モラーレス大統領等南米の各国に正当な選挙で選出された大統領を排除するのはこれはクーデターであると訴え、また最大の支持層である貧困農民層に議会に抗議するよう働き掛けたのでしょう。議会の手際の良さはたいしたものですが、これにはルゴ排除に対する国民大多数の暗黙の支持があったからでしょう。大統領が正式に交代しますとアスンシオンに来ていたルゴ支持の2500人程度の貧困層の農民は完全に孤立し、市民からは厄介者扱いされ市内の他の公園に集められましたが、アスンシオンに支援者が居るはずも無いので泊まる所も食事も無いまま寒い中一夜を過ごしたようです。土曜日の昼近くになりようやく食事が差し入れられ帰るバスが用意され帰って行きました。テレビでこの人達にインタビューをしていましたが、その話に拠りますと僅かなお金が与えられてアスンシオンに来たようでどうやら強い信念があって来たのではなさそうです。多少のお金を貰ってアスンシオン行きのバスが用意されてそれに乗ったという訳です。要するに金で動員されたという訳です。

2012年政変(ルゴ大統領からフランコ大統領へ)

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